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得意気に 馬に跨る20歳代の兵士    この人物は 私の母方の祖父です。   
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祖父母は 従兄弟同士の夫婦でした。

祖母は 飯坂温泉の裕福な家から 片田舎の叔母の家に嫁ぎ  夫が兵隊に取られないようにと 姑になった叔母と近くのお宮にお百度を踏んだそうです。  そのような願いを知りながら祖父は 騎兵隊に憧れて 自ら志願したそうです。

退役したあと 長女を実家に置いてブラジルに移民し コーヒー畑が軌道に乗り始めた頃 親に呼び戻されて日本に帰国。  戦前 義勇団に入った長男の呼びかけで 一家全員 満州に渡り 終戦のどさくさで亡くなって 中国の土になりました。  いわば 地球を半周した祖父母ですけど・・・・いち度も日本から出たことが無い私は フロンティア精神のDNAを まったく引き繋がなかった。 

 



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この記事へのコメント

もりんちゃん
2014年05月24日 22:08
こんばんは。
親族でこんな昔の写真が残っているですね、凄いです。建具屋の頭領の爺ちゃんじゃ無いですよね?あのヒゲ爺には良く怒られけど、可愛がって貰いました。マージちゃんにもね。
血筋からは那須美さんは、世界に羽ばたくひと(だったの)かもよ!
那須美
2014年05月25日 06:47
おはようございます。
ブラジルにも満州にも行かなかった那須(三松)の伯母が写真を持っていました。開拓したブラジルのコーヒー畑の写真も残っています。そこでは祖母は毎年子供を産んで毎年亡くしていたそうで そのような事もあって帰国したのでしょうか。 
父方の祖母はビビりで 父が若い頃 ある人からフランスに留学させるからコックになりなさいと言われても絶対に行かせなかったのです。 私が那須から離れられないのは そちらの遺伝かも。
g夢2
2014年05月25日 12:38
満州からの引揚げ話はこの方から始まったんですね。
それにしてもこの時代の方々の苦難は創造を絶するけど、負けない生命力があったと感心するばかりです。
那須美
2014年05月25日 22:09
g夢2さん こんばんは。
母から聞いた話しでは 満州の冬は雪はないけど凍土で何も作れないので 那須で暮らしていた伯母に 住む家を探して貰って冬は那須 春には満州の計画をしていたそうです。浮世離れした祖父でしたねぇ(笑)

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